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中津川市観光栗園いが栗の里

栗きんとん発祥の地、中津川の観光名所、観光栗園です。 中津川市苗木の約1ヘクター...

ふれあい牧場

落合わらび平のなだらかな丘陵にあるふれあい牧場。...

夜明けの森

苗木の街並の北方、高峰山の西方稜線に広がる夜明けの森は約130haの敷地に50,...

おいでん祭

中津川市は中山道の宿場町であり、幕末の頃から子ども達が中心となって行う、ギオンバ...

はだか武兵伝説

中津川の昔話に登場するはだか武兵は、いまの旭ヶ丘公園あたりに住み、疫病を治したと伝えられる人物。

四ツ目川遊砂工

恵那山・前山に源を発する四ツ目川。急な斜面を流れるこの河川は、昔からしばしば山崩...

鞍岩

馬の背に置く鞍の形をしていて、鞍岩と呼ばれています。昔は農耕や運搬は馬に頼るほか...

設楽牧童句碑

駒場のコデヌキ坂に建つ。コデヌキ坂は旧中山道が駒場から坂本へ通ずる半ばにあって、...

尾州白木改番所跡

この番所がいつ設けられたか詳しい記録はないが、尾張藩が享保16年(1731年)茄...

蒸気機関車 D51266

D51226号は昭和14年7月18日に川崎車両株式会社で製造されました。...

飛騨街道

中津川宿場東はずれ茶屋坂から、飛騨の国に通ずる道が分岐していた。地元の人々は飛騨...

小石塚立場

小石塚は、千旦林ほか三か村の入り組んだ所で、七軒の農家があり、それぞれ宿屋や茶屋...

五輪板碑

この辺りで中山道の道筋は、新国道に収合され残念ながら姿を消してしまった。小石塚の...

双頭一身道祖神

美濃路には道祖神は数少ない。しかも双頭一身の像形はこの付近でも類を見ない。道祖神...

石幢六地蔵

旭六地蔵と呼ばれる道端に、明暦3年(1657)の記銘のある6面の石幢六地蔵がある...

一里塚と将監塚

千旦林村に入ると、三津屋に一里塚跡が残っている。明治35〜36年頃まではあったが...

坂本立場

立場とは、街道を行き交う人々が駕籠などをとめて小休息した所である。坂本立場は4軒...

根の上高原

標高約930mの根の上高原は、春のツツジ、夏のキャンプ、秋の紅葉、冬のワカサギ釣...

源齋岩

恵那峡のやや上流、付知川との合流点の近くにある、源済公園の中に源済岩はあります。...

長楽寺大イチョウ

イチョウには雌木と雄木がありますが、この大イチョウは雄木なので実はつきません。...

桂小五郎隠れ家

「逃げの小五郎」の異名を持つ桂小五郎は、とにかく逃げたり隠れるのがうまかったと言...

苗木さくら公園

苗木城跡北方の高台にあるこの公園には約1,000本の桜が植栽されており、市街地よ...

女夫岩

夫岩は高さ8m周囲24m。女岩は高さ4m周囲30m。それぞれが、何かにあまりに...

富士見台高原

恵那山の北側に隣接する標高1,723mの富士見台は、全山が千島笹に覆われ、遠くか...

ウエストン公園

恵那山・ウェストン公園は、恵那山の名前を世に広めたウェストンの功績を讚えウェス...

苗木城跡

木曽川の北岸、通称城山と呼ばれる高森山に築城された苗木城は、土岐氏と並んで東濃...

是より北木曽路の碑

岐阜県と長野県の県境、新茶屋に建ち、1940 年7月 6 日付けの麹町六番町から...

中山道落合宿本陣跡

現在の建物は、文化年間落合宿の大火により類焼し、その後建築されたもので、門は加賀...

ツリークライミング

6月2日、中津川市神坂の「けやき平スポーツ林」にて、ツリークライミングのテレビ収...

恵那山

中央アルプス最南端の秀峰。標高2,191m。 中津川市の東南部と長野県阿智村とに...

登山家ウォルター・ウェストン

日本アルプスの父。スポーツ登山を伝えた功労者。 ウォルター・ウェストン。...

間家大正の蔵

中津川の豪商として知られた間家の鉄筋コンクリート構造の倉庫。 大正6年(1917)頃に当時の近代的工法で建てられ、現存するものとしては県下でも五指に入るといわれるほど貴重なもので、いかにも豪商の倉庫らしく内側は檜の板張りになっています。 当時の日本は、海外の鉄筋コンクリート建築が紹介され始めたころで...