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沿道を訪ねて 茄子川地内 源長寺・白木改番所・高札場・馬頭観音
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◇8.源長寺
街道より右手に約300m(3町)程入った所に、曹洞宗の久翁山源長寺がある。隣恵那市大井長国寺の末寺である。
中町を進むと野田川を渡る。『延絵図』には字橋場土橋と書かれ、長さ約5m(2間5尺)・横約3m(1間4尺)、普請は尾張と山村・千村両氏の立ち会いで行うことになっていた。
◇9.白木改番所
野田川の土橋を渡ると、『延絵図』には左側に尾張殿白木改番所と書かれている。ここに木曽谷の木の流出を監視するための役所が設けられていたことがわかる。中津川市内には、街道をはじめ木曾川筋にも何カ所かの番所が置かれていたことが記録に残っている。この役所の直接の上級役所は錦織役所でその支配を受けていた。
◇10.高札場
『延絵図』をみると、茄子川の高札場は二か所にあったことが伺える。その一つは秋葉道の分かれより50m程大井寄り、江戸に向かって右側にあった。もう1カ所は坂本宇野氏宅付近であつた。
◇11.坂本の馬頭観音
坂本地区の平坦な道を進む、坂本川の手前20m程左側奥の方に、お堂がみえる。このお堂は平成に入って橋場にあった観音堂を、道路敷設に伴ってこの地に移動されたものである。堂内には徳本上人の筆になる「南無阿弥陀仏」の六字名号碑(1818−文政元年−)と等身大程の馬頭観音像が祭られている。この馬頭観音はこの周辺でも珍しい丸彫立像で、台座銘には1745年(延享二年)とある。『延絵図』によると、坂本坂の下、坂本橋の東たもとに「馬頭観音」と書かれている。確証はないがこの馬頭観音と考えられる。この観音堂はこの位置で二度目の移転となる。
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