古代東山道は恵那山と富士見台の鞍部を通っており、この付近では海抜が一番低い地点にあたる。ここの峠を「神坂峠」と呼び、ここの稜線が美濃と信濃の国境となり、この峠は「信濃坂」・「科野坂」ともいわれ『古事記』・『日本書紀』(両書を「記紀」とも呼ぶ)に日本武尊が通行した記事がみえる。古事記は簡単であるが『日本書紀』は、日本武尊通過の際の様子を次のように伝えている。尊がこの峠越えのおり、疲れていたのでこの地で食事をとろうとした。その時、尊を苦しめようと一匹の白き鹿が尊の前に現れた。不思議に思われた尊は、持っていた蒜を鹿めがけて投げ付けると、蒜は鹿の目に的中しその白鹿は死んでしまった。すると尊はどう進んだらよいか進路を失ってしまった。そこに一匹の狗が現れ案内をするしぐさをした。尊はその犬に導かれ美濃路に出ることができ、尾張に帰ることができた。この後はこの峠を通る人は蒜を噛み自分の体や牛馬に塗った。そうすると峠神のいきに当たらないという。